2020年、記念すべき70回目のラリーフィンランドは、残念ながら開催されなかった。その代わりというわけではないが、バルト海を隔てたエストニアでのWRC初開催が決まっている。今でこそ、オィット・タナックをはじめ、多くのトップドライバーを輩出し、エストニアでのWRC開催に疑問を挟む者はいないだろう。しかし、1990年代後半にマルコ・マルティンが登場するまで、エストニアという国の存在感はラリー界で決して大きくなかった。
そんなマルティンが、初めてラリーフィンランドを制したのが2003年。このシーズン、Mスポーツはラリー界に革命を起こしたマシンを投入する。そう、鬼才クリスチャン・ロリオーが手掛けた傑作「フォード・フォーカスRS WRC 03」である。
大胆な切り込みが入れられた前後フェンダー、当時のトレンドであるバーチカルフィンを備えた大型リヤウイング、長大なサスペンションストロークと革新的なダンパーの配置、そして重量物を徹底的に低く・中心に収めたロリオー肝入りの低重心化レイアウト……。03フォーカスは、ベースこそ初代フォーカスであはあるものの、ほぼすべてのコンポーネンツを刷新。完全なニューマシンと言える存在だった。
03年のニュージーランドから投入されると、それまでのフォーカスとは異なるスピードが明らかになる。そこにペター・ソルベルグやセバスチャン・ローブといった同世代のニュースターたちから、一歩遅れた存在だったマルティンの覚醒が重なった。03フォーカスのデビュー戦となったニュージーランドはエンジントラブルからストップ、続くアルゼンチンはトップを走行しながらも、油圧トラブルで無念のリタイア。そして第6戦アクロポリスで、ついに自身初優勝を手にした。
キプロスとドイツを挟み、迎えたラリーフィンランド。別名「フィニッシュグランプリ」と呼ばれるこのラリーは、歴史上地元ドライバーがウイナーに名前を連ねてきた。2003年当時、フィンランドと隣国スウェーデン以外で、このラリーを制したのはカルロス・サインツとディディエ・オリオールのみ。さらに2000年代前半は、プジョーのマーカス・グロンホルムが圧倒的な強さで地元ラリーに君臨していた。
スタート前の段階では、誰もがグロンホルムの4連覇を予想していたと記憶している。だが、ラリーが幕を開けると、マルティンがいきなり3連続ベストをたたき出し、トップに躍り出た。彼のペースについていくことができたのは、グロンホルムのみ。ふたりは順位を入れ替えながら、僅差のバトルを展開する。しかし、堪え切れなくなったグロンホルムはSS15でリタイア。
もうマルティンのペースについてこられる存在はいなくなった。2番手以下に約1分の大差をつけての圧勝。ユバスキラのパビリオンキに設けられたポディウムには、熱狂的なエストニア人ファンが集結し、無数のエストニア国旗が波をなす。ラリー王国フィンランドで、前代未聞の光景だった。
当時は92年のオリオール以来となる“ノンスカンジナビアン”の優勝という見出しが躍った。とはいえマルティンは後年、「海を隔てるけれど、エストニアはフィンランドの隣国だからね。地元の路面もユバスキラみたいな感じなんだよ」と、明かしている。近年のラリーフィンランドはタナックの活躍からも分かるように、ある意味で彼らに取って地元イベントのようなものだと言うのだ。
この年、2勝を挙げたマルティンは、翌04年には3勝を記録。自身最上位となるドライバーズ選手権3位を手にし、05年は新天地プジョーへと移籍を決める。しかし、その年のラリーGBでのアクシデントにより、僚友マイケル・パークを亡くし、そのまま第一線から退くことを決めてしまう。初勝利からわずか3シーズン、あの事故がなければ、間違いなくその後も勝利を刻み続けただろう。
自身が走ることにピリオドを打ったマルティンだが、ラリーへの情熱は失っていなかった。母国エストニアの後輩たちへのサポートを続け、ウルモ・アーバ、カール・クルーダ、そしてオィット・タナックといった面々を世界へと送り込む。熱狂的なエストニア人たちが、ポディウムでエストニア国旗をうちふるったあの日から17年。今年はマルティンが手塩にかけて育てたタナックが、母国であの熱狂に応えることになる。
2003年ラリーフィンランド 最終結果
1 M.マルティン/M.パーク(フォード・フォーカスRS WRC03) 3:21:51.7
2 P.ソルベルグ/P.ミルズ(スバル・インプレッサWRC2003) +58.9
3 R.バーンズ/R.レイド(プジョー206WRC) +1:00.1
4 C.サインツ/M.マルティ(シトロエン・クサラWRC) +1:59.0
5 S.ローブ/D.エレナ(シトロエン・クサラWRC) +2:48.7
6 T.マキネン/K.リンドストローム(スバル・インプレッサWRC2003) +3:25.2
7 J.トゥオヒノ/J.アホ(フォード・フォーカスRS WRC) +4:22.9
8 S.リンドホルム/T.ハンツネン(プジョー206WRC) +4:39.5
9 J.ピカリスト/E.メルトサルミ(プジョー206WRC) +6:23.4
10 F.ロイクス/S.スミーツ(ヒュンダイ・アクセントWRC3) +8:19.9
11 A.バタネン/J.レポ(プジョー206WRC) +11:49.3
12 A.シュバルツ/M.ハイマー(ヒュンダイ・アクセントWRC3) +12:51.5
主なリタイア
M.グロンホルム/T.ラウティアイネン(プジョー206WRC) ホイール破損
H.ロバンペラ/R.ピエティライネン(プジョー206WRC) アクシデント
D.デュバル/S.プレボ(フォード・フォーカスRS WRC) アクシデント
M.ヒルボネン/J.レーティネン(フォード・フォーカスRS WRC) エンジントラブル
J.バリマキ/J.ホンカネン(ヒュンダイ・アクセントWRC3) アクシデント
D.オリオール/D.ジロウデ(シュコダ・ファビアWRC) アクシデント
T.ガルデマイスター/P.ルカンダー(シュコダ・ファビアWRC) エンジントラブル
C.マクレー/D.リンガー(シトロエン・クサラWRC) アクシデント