2021年全日本ラリー選手権、最終戦(第4戦が延期されての開催)久万高原ラリーまでもつれこんだJN1クラスのタイトル争いを制したのは、トヨタGRヤリスを駆る勝田範彦/木村裕一組だった。勝田にとって9度目の全日本タイトルだが、GRヤリスでの参戦は今シーズンが初めてのことだった。
TOYOTA GAZOO Racingがチームとして全日本ラリー選手権への参戦を開始したのは、2015年。その目的として、モータースポーツの厳しい環境の下で「人を鍛え、クルマを鍛える」ことを掲げてきたトヨタが、GRヤリスを誕生させ、選手権最高峰クラスで王座に就くまでの経緯を、GRヤリスの開発を担当した斎藤尚彦エンジニア、全日本ラリーチームを率いる豊岡悟志監督とともに振り返る。
「GRヤリス誕生は
まったく逆転の発想から」
──マシンを鍛えることを目指し、トヨタGRヤリスと全日本ラリーに参戦してきた1年間を総括すると。
齋藤:このGRヤリスの出自自体が、モータースポーツを起点としたもっといいクルマ作り」という、2016年からモリゾウさんが掲げてきた、まったく逆転の発想で作ってきました。最初にモリゾウさんに乗っていただいたクルマもラリーカーでした。2020年に発売した後も、全日本ラリー、スーパー耐久、いろいろな競技の場でモリゾウさんに鍛えていただきましたが、正直、壊れまくったんですね。開発中もモータースポーツから、技術や技能をどんどん入れてきたのですが、まだ足りません。先日の全日本ラリーの久万高原でも問題が出ていて、もう、ギリギリでした。
みなさんご存知のように、初戦の新城は少しチャレンジしすぎてしまい、エンジンが壊れてしまいました。でも、モリゾウさんはその時に「それがスタートでよかったじゃない」と言ってくださいましたね。それから、2戦目、3戦目と問題が多くて結果にもつながらなかったのですが、メンバーも必死に食らいついて、全社を挙げてGRヤリスを壊しては直し……鍛え続けていただきました。
──初戦の新城がすごく悔しい結果に終わり、その後、4連勝して久万高原でタイトル獲得に至るまでに、技術的なターニングポイントはありましたか。
豊岡:実は、何かを変えてドラスティックに変わったということはなく、本当に細かいことの積み重ねで速くなった、というのが事実です。その中ではエンジン出力の特性、4WDの制御など、とにかくテストを重ねてドライバーに細かく合わせていきました。ドライバーのコメントを拾って、それをエンジニアが解析して、それを基にクルマを仕上げる、その細かい積み重ねが、ものすごくたくさんありました。それが、結果的に4連勝につながった。それは性能的なものではなく、クルマ(をメンテナンスする際)のサービス性などの点でも細かなところをメカニックが工夫して。その積み重ねがクルマを速くさせ、ドライバーも速くなっていきました。
──雨で非常に難しいコンディションとなった久万高原ラリーのインカー映像で、勝田選手はすごく乗りやすいクルマをドライブしている感じが印象的でした。
豊岡:ノリさん(勝田選手)も、(チームメイトの)眞貝(知志)選手も運転の仕方が多少違うので、それぞれのコメントを拾って、エンジニアが細かな解析をして改善していって乗りやすくしていった。スピード領域が高くなると、また違った課題が出てくるので、それを潰す、というサイクルをかなり行いましたね。
斎藤:コーナーのターンインから出口まで、ドライバーによってまったく違うのです。これは、WRCの世界でも三人三様ですし、スーパー耐久でもモリゾウさん、佐々木(雅弘)さん、井口(卓人)さん、みんな違っていて。そういう意味では、いま豊岡さんが言ったように、4WDの制御をドライバーごとに個別に分けたりします。サスペンションは、スーパー耐久ではドライバーごとに変えるわけにはいきません。逆に、全日本ラリーではサスペンションのセッティングはふたりで分けています。4WDの制御では、本当に細かい部分ですが前後の配分を数%変えるなど緻密に作業してきました。
乗りやすそうに見えると感じていただいたのは、モリゾウさんがよく言う「ドライバーに安心して踏んでもらえる」ことを意識しているからではないでしょうか。ブレーキも、アクセルも、とにかく、その点を突き詰めろ、と。壊れたものはもちろん直すのですが、ドライバーに「ここは気持ち悪い」などの意見をどんどん出してもらってくださいと。そうした課題を、ひとつずつ直していきました。
「テストで収集したデータ
フィードバックをカスタマーにも供給」
──今季の全日本ラリーは7戦ありました。その間にテストをやっていると思いますが、今年は何回くらいテストを行ったのでしょうか。
豊岡:回数は覚えていないのですが……とにかく可能ならテストする、という感じでした。開催間隔が短いラリーの時もありましたが、それでも、できる範囲でラリーの前には1回走ってみる、という流れで行っていました。
齋藤:毎回、走行した後のデータを我々がいただいて、シミュレーションの中でいろいろ解析を回しています。そうすることで、次のラリーに対してどういう手当てをしていくかということを、クルマ全体で作り込んでいました。正直、ぶっつけ本番のチャレンジもあります。しかしそういった意味では、モータースポーツの現場が開発の現場にもなっているのです。我々のチームで分かったことを、GRヤリスを使っていただいているほかのチームにもデリバリーする、という取り組みを徐々に始めています。マイレージで壊れた情報は、とにかくすぐに提供する、というのを始めています。
──モントレーから出てきたカッコいいリヤウイングなどは、今後、GRパーツとして商品化されるのでしょうか
斎藤:実際、スーパー耐久も含めて、いろいろな現場できたパーツは、GRパーツでミッションやクラッチなどが出始めています。特に、いま冷却性で苦労しているので、アンダーカバーなどは冷却専用のものを出したりしていますね。
──ラリーからのフィードバックも、今後出てきそうですね。
斎藤:たくさん出てきます。
──全日本ラリーでチャンピオンいけるかな、と思ったのはどのくらいの時点でしたか。
斎藤:いやいやもう、全然思ってないです。正直、気付いたら。初戦、2〜3戦目と、ファビアが速かったですし、自分たちはそれよりも壊れるのを直すのに必死でした。
豊岡:初優勝が、最大の目標でしたね。まさか、4連勝してチャンピオンになれるとは。
斎藤:カムイ、北海道と優勝しましたが、僕らは全然、お祭りではなくて、カムイではメチャメチャ問題が起きていて。直さないと! と、チーム全員が必死でしたね。
「モータースポーツ発信のクルマ作りという
新しいアプローチのポテンシャル」
──シーズンを通じて戦ってみて、一番の発見や驚きはなんでしたか。
豊岡:何かひとつ大きなことはなくて。小さなことの積み重ねて、それを繰り返していく、自分たちにできることをやるというのが一番大事だというのをあらためて実感しました。ドライバーのほんのちょっとしたコメントも見逃さない、ということが大事だなというのを気づかされました。
ドライバーの特徴も含めて自分たちがどれだけ理解して、どういうことなんだろうと考える。そして対話する。それが次につながる。とにかく、その改善を次に回すというのが大事だなと、すごく実感しています。
齋藤:たぶんスーパー耐久も一緒なのですが、「モータースポーツを起点としたもっといいクルマ作り」って終りがない、というのが、この一年間終わって思いました。トヨタは、トヨタスタンダードという技術標準を持っています。これは、いわゆるクルマが品質よく、廉価でいい製品を出すための、ある意味「憲法」。
でも、実は今まで何十年かけて作ってきた技術標準は古いし、壊れるまで鍛えていない標準だったのです。モリゾウさんも、壊していい、失敗していいからチャレンジしなさいと。これは大事な言葉で、今まで市販車開発の中では、壊したら普通、始末書モノなんです。評価ドライバーも我々エンジニアも怒られてしまう。でも、モリゾウさんは壊せと言うんです。壊していなかったらダメだって。
これで、まるっきり変わりましたね。それで限界が見えた。逆に言うと、今度はトヨタスタンダードの外を評価します。ですので、最初はGRスタンダードになるかもしれませんが、トヨタのほかの市販車開発に活きてくる情報だと思っています。そういう点においては、全日本ラリーなどでもそうした視点で、得られたもののうち、どのエッセンスをカローラやプリウスなどに活かせるかな、と考えながらやっています。
──壊していいよと言われているのはGRヤリスだけですか?
齋藤:いいえ、GR関係はすべて。それがスタンダードになりつつあります。それがトヨタ全体に広がっていくと、もっといいクルマになっていくのではないかと。そういう意味で、もっといいクルマ作りをレースからやっていく、ということなのかなと。
今まで市販車の開発は、発売がゴールでした。でも、このGRヤリスでは、ゴールがまたスタートになって、そこからまたどんどん問題が出てきます。この世界に入るまでは、レースでは優勝したら祝勝会とかやって大いに盛り上がるのかと思っていましたが、全然違っていて(苦笑)。ラリーでもスーパー耐久でも少し喜んだら、すぐに真顔に戻るんですよね。「なんだこの人たち、次のこと考えてるぞ。祝勝しないんだ」と思っていたら、「2位、3位になった人は、次のレースで虎視眈々と狙っているんだから、そんな余裕はない」って。これがレースなんだって。
直接的に教えてくれたわけではありませんが、モリゾウさんはこうした取り組みを通じてエンジニアの意識を変えました。だから、本当に終わらないんです。そういうのを、どんどんお客様に提供していかなくてはならないと思っています。