TOYOTA GAZOO Racing WRCチャレンジプログラムの1期生としてWRC最高峰クラスでの戦いに挑む勝田貴元を、サイドシートで支えるコ・ドライバーのアーロン・ジョンストン。北アイルランド・フィントーナ出身の彼は、地元で発行されているTyrone Herald (ティローン・ヘラルド)という新聞に「On Your Marks(位置について)」というタイトルでコラムを掲載している。この中で、5月に急逝した同郷アイルランド出身のWRCドライバー、クレイグ・ブリーンを追悼している。同紙の了解を得て翻訳版を掲載しよう。
僕には、感謝することがたくさんあります。自分が住む国は、とても質の高い生活水準を提供してくれています。もちろん問題はありますが、世界の中にはそれほど恵まれていない地域もあり、そうしたところを旅したことで、自分が持っているものに感謝するようになりました。母国で家族や友人からの支えに恵まれて充実したライフスタイルを楽しめているのと同時に、僕は離れた場所にも家族がいるという幸運にも恵まれています。TOYOTA GAZOO RacingワールドラリーチームやWRCの仲間たちは、旅するサーカスのような、とても強い結束力を持つコミュニティです。
競技者はみんな、とても仲がいいんです。その最大の要因は、お互いが直接競争し合っているわけではない、ということでしょう。僕たちが競争しているのは時計の上でのことであって、とてもフェアですし、ほかの競技者には大きな尊敬の念を抱いています。
だからこそ、4月13日に起こったクレイグ・ブリーンの悲劇は、僕たちに大きな衝撃を与えました。
このスポーツは危険なものであり、世界のエクストリームスポーツのひとつですが、同時に可能な限り安全なスポーツでもあります。ラリーカーもそうですし、シート、シートベルト、ロールケージ、ヘルメットやネックサポートなどの安全装備は、できる限りの安全を確保するようにできています。しかし、残念ながらそれでも事故というものは起こりうるもので、クレイグの命を奪ったのは不慮の事故でした。そうした不測の事態が起きないようにしようと誰もが思っていることですが、そのリスクの要素は決して完全に排除できるものではありません。
ステージで事故が起きた際には、後続のマシンは必ず止まって助けてくれます。僕たちは結果を求めて戦っていますが、とても仲の良いファミリーでもあるので、誰かが危険にさらされたりケガをしているところを目撃すれば、メディカルチームが到着して引き継いでくれるまで、全力で助けます。
僕らはみんな、お互いに気を配りあっています。そうしない人はこのスポーツにはいません。だからなおさら、クレイグの悲劇的な死は、とても受け入れ難いものでした。彼が何よりも愛していたことをしていた時に亡くなったと知り、大きなショックと悲しみを覚えました。人生に思いを馳せましたし、クルマに乗るたびに、何をしているのかを考えさせられます。しかし同時に、これは世界最高のモータースポーツなのです。クレイグが情熱を傾けていたように、彼は僕らがこのスポーツを続け、走り、楽しむことを望んでいたはずです。彼がこうコメントしていたことがあります。
「とにかく楽しむことを忘れないで。人生はとても短いからね」
年月を重ねるにつれて、僕はクレイグととても仲良くなっていきました。彼はアイルランドで生まれた最も才能あるドライバーのひとりであっただけでなく、ラリーというスポーツに対して際限のない情熱を持っていた、愛すべき、純粋な人でした。
ラリーに対する彼の愛情は、WRCにとどまりませんでした。草の根ラリーやローカルイベント、国内戦から国際イベントまで、あらゆるラリーに及びました。そしてヒストリックカーをこよなく愛し、機会さえあればヒストリックの競技に参加していました。
今年のイースターの頃、僕は北アイルランドのクックスタウンという街の周辺で開催された「サーキット・オブ・アイルランド」というラリーで彼に会いました。僕らは、同じ野原に立って競技を見ていました。ラリーというスポーツ、そして旧車に対する彼の愛情は、現在のドライバーの誰よりも深いものだったと思います。
彼は国内レベルでの選手育成にも取り組み、近年はモータースポーツ・アイルランド・アカデミーに深く携わっていました。そこでは、若手を国際的に活躍できるようなドライバーやコ・ドライバーに育てるためにサポートしたい、という情熱をもった彼の人柄が、とても良く表れていました。
この国の人々がラリーというスポーツに寄せる情熱は、誰にも負けないものです。クレイグのラリーへの愛と献身はすべての関係者が理解しており、それは彼が亡くなった後に受け取った何千もの心からの賛辞に示されています。あまりにも短い期間となってしまいましたが、彼がともに過ごしてくれたことに皆が感謝していたことの表れでしょう。
個人的には、僕は彼との思い出にとても感謝しています。大好きなことをしながら世界中を旅していた楽しい思い出は、今の悲しみを少しだけ和らげてくれますが、良き友人がいなくなったことは、とても寂しく思います。
クレイグ、安らかにお眠りください。また会う日まで!
(Translation: Keiko Ito)