選手権50周年の節目にハイブリッドの新規定ラリー1マシンを導入する2022年のWRC。公道を走行するモータースポーツ競技であるWRCに、高電圧のバッテリーを搭載する新マシンが導入されることで、マシンの技術はもちろん、取り巻く環境や対策にも様々な変更が行われている。2022年からのWRC変更点や環境について、英国在住のジャーナリスト、グラハム・リスターが考察する。
1月20日、第90回を数えるモンテカルロラリーが開幕を迎えたモナコのカジノ広場は、ここ数カ月の間に大規模な改装が行われ、ヤシの木が何本も植樹されたが、地元の人たちは散策にちょうどいいスペースが増えたと喜んでいる。モナコの名所にヤシが根付くように、選手権50周年を迎えるWRCも今年、様々な変革の時を迎えている。しかし、1997年からWRCの頂点に君臨したWRカーからラリー1マシンへスイッチした上での最も重要な変化は、ハイブリッドシステムの導入ではなく、ショールーム製品との最後のDNAが失われたことではないだろうか。
1.1Lのプジョー206スーパーミニと、マーカス・グロンホルムが2度のWRCタイトルを獲得したWRカーにも、これまであまり相関関係がなかったが、2022年以降、こうしたボディシェルの最後の痕跡的なつながりさえ、歴史の1ページになろうとしている。
WRCでコンポジットボディをまとった競技専用のスペースフレームが登場したのは、グループB時代の一度きり。しかし、40年前のモンスターマシンとは異なり、ラリー1のマシンはほぼ共通の部品で構成されている。ラリー1マシンでは、FIAが提供するクラッシュストラクチャーの核となる部分はすべて共通で、スペースフレーム自体も同一寸法でなければならない。 それでは、球根のような形のフォードのプーマと小柄なトヨタのヤリスに、どのようにすれば同じ構造を組み込めるのか? その答えは寸法にある。ラリー1のボディパネルをベースの市販モデルに装着してみると、ラジエターグリルの大きささえ違っている場合が多い。
エアロダイナミクスの面では、フロントエンドのダイブプレーン(カナード)、フェンダーベント、リヤディフューザーが排除され、リヤウイングもかなりシンプルになった。アクティブセンターデファレンシャルが廃止され、パドル式のギヤボックスに代わり、5速シーケンシャルが復活した。特注で高価だったサスペンションも、R5/ラリー2マシンに共通する安価なハードウェアに変更された。これまで使用されてきた1600ccターボチャージャー付き4気筒グローバルレースエンジンは、開発は2021年7月1日に凍結されたが、すべてのラリー1マシンに継承され、100kWのハイブリッドユニットと組み合わされている。
そのほか、ドイツのサプライヤー、コンパクト・ダイナミクス社が開発したシステムも標準となり、オーストリアのクライゼル・エレクトリック社製3.9kWh 750Vバッテリー、インバーター/バッテリー管理システム、そしてすでに知られているモータージェネレーターユニット(MGU)を使用することで、最大1万2000rpm、134馬力(100kW)を付加できるようになっている。このインバーターで電気モーターを駆動するとともに、ブレーキやガソリンエンジンから得た回生エネルギーを取り込み、バッテリーに充電する。
これらの機器はすべて車体後部に搭載しなくてはならない。各ステージのスタートでの発進モードでは、エンジンとハイブリッドの両方がフル稼働する。ハイブリッド・パワーは各ステージで一時的に短時間使用することができ、500bhp以上までパワーアップできる。いつ、どのように電力によるブーストをかけるかは、チームのソフトウェアに委ねられ、ドライバーが直接入力して追加のパワーを引き出すことはできない。
また、イベントごとに決められた走行距離を電気モーターのみで走らなくてはならない。ラリーモンテカルロでは、総走行距離1511.47kmのうち3.6kmとなっている。しかし、ご想像どおり、シーズンを通して技術が定着すれば、モーターのみで走行する割合は増えていくと思われる。
ラリー1は、ナスカーやオーストラリアのV8スーパーカー、日本のSUPER GTなどのサーキットレースシリーズの例にならい、単一プラットフォームを提供している。その目的は、既存の参戦メーカーを維持したうえで、さらに多くのメーカーを誘致することにある。そしてそれは、この新しいWRCをどれだけ世間に楽しんでもらえるかにもかかっている。
ここまでラリー1カテゴリーの創設に尽力したイブ・マトンは、2021年12月でFIAラリーディレクターを退任する前、次のように語っていた。
「ラリー1のマシンは、映像で見る限りとてもエキサイティングで、これまでのWRカーのDNAを受け継いでいる。しかし、ラリー1規定が、ラリーの未来にとってどれほど重要であるかを我々は忘れてはならない。ラリー1というカテゴリーは、スポーティング面だけでなく、マーケティングの面でもメーカーにとって必要かつ適切なツールを提供しているのだ。25年前、ワールドラリーカーで達成した大きなステップを再び実現するために、メーカーと協力し、非常に長く、詳細なプロセスを経てラリー1マシンは誕生した。ラリーモンテカルロで、そんなマシンを見ることができることに、関係者一同、非常にワクワクしている」
そのほか主な新規定
WRカーでの参戦:2017年仕様のWRカーでの参戦は今季も参戦が可能だが、過去5シーズン以内にワークスチームでポイントを獲得していないドライバーにのみ認められる。 これは、当初はラリー1マシンよりも旧型のWRカーの方が速いかもしれないと思われるため、このマシンからトップレベルのドライバーを排除するための方策の一部だ。
ヘルメットのストラップ装着:ドライバーはヘルメットのストラップを適切に締めるために、SSの途中でペナルティなしで停車することができる。これは昨シーズン、ヘルメットのストラップを適切に締めていない状態でSSを走行するドライバーの事例が非常に目立ったことを受けての措置。今シーズンからは、こうした不具合を発見しできるだけ早く安全な場所に停車すれば、ペナルティを受けることはない。これに違反した場合は、従来のように罰金ではなく、今季からは1分間のタイムペナルティとなる。
エンジンとハイブリッドの制限数:2022年は、マニュファクチャラーチームが使用するエンジンは、ラリー1マシン1台につき2基に制限される。当初の3基から2基へ削減することで継続的なコスト削減策に沿うもので、エンジン費用の支出に関しては33%の削減を達成する予定だという。また、ハイブリッド機の使用台数もコントロールされ、2022年は、走らせるマシンが3台までのマニュファクチャラーチームは、シーズンを通して9台使用することができる。各イベントで使用できるハイブリッドユニットは、1台につき2台まで。制限数を超えた場合、5分間のタイムペナルティが課せられる。
新時代のWRCは「セーフティ・ファースト」
WRCにハイブリッド技術が導入されることで、FIAでは、関係者の安全を確保するために様々な対策を実施している。ハイブリッドの各コンポーネンツは安全性を強化した構造に収められている。また、高電圧の電流が発生するため、事故が起きた場合に観客やオフィシャルは注意が必要であることを訴えている。
ラリー1マシンは、サイドドアパネルに「HY」の文字を掲示してハイブリッド車両であることを認識してもらい、フロントガラスと両サイドのピラーには安全ランプを装着。緑色に点灯していれば車両に触れても問題ないが、赤に点滅して警告音を発している場合は、救助が到着するまで車両には触れてはならない。ラリー1マシンには、1000ボルトに耐えられるClass-0のグローブが2セット車載されており、ドライバーとコ・ドライバーが車両から離れる際には簡単に取り出せるようにしておかなければならない。自分やほかの車両に高電圧のトラブルが発生した場合に、このグローブを装着すれば援助を行うことができる。クルーやマーシャルは、高電圧のトラブルに対処するためのトレーニングも受けている。
またラリー1マシンにAI(人工知能)技術を導入することで、WRCイベントでの安全性はさらに向上している。車載カメラは前方を向いて装着され、ステージとその周辺を常にスキャン。あらゆる形状を識別することで、観客の位置関係を分析することができるというものだ。これらの画像が危険な場所に立っている人を強調することで、FIAセーフティ派遣委員がさらに広い範囲で作業を行うことができるようになる。
このAIカメラの導入は、主催者が安全プランやロードブックなどの書類を作成する際にも役立つだろう。ラリースウェーデンやラリーエストニアでは、以前からAIカメラの利用を試みており、非常に有効な手段であることが分かっている。
そのほか2022年WRCの「new」
コ・ドライバー:世界チャンピオンのセバスチャン・オジエは、ジュリアン・イングラシアの引退に伴い、バンジャマン・ベイヤを迎える。しかし、オジエの参戦プログラムは部分的となっていることから、ベイヤもフル参戦には至らない。セバスチャン・ローブも2022年はスポット参戦の予定だが、長年コンビを組んだダニエル・エレナが引退したことから、イザベル・ガルミッシュを起用している。2021年にコ・ドライバー変更が相次いだガス・グリーンスミスは、ヨナス・アンダーソン、オリバー・ソルベルグはエリオット・エドモンソン、同じく勝田貴元はアーロン・ジョンストンと2022年シーズンを戦う。
開催イベント:ジャパン、ニュージーランド、スウェーデンがカレンダーに復帰。8月の一戦は開催国が発表されていないままだが、北アイルランドは依然として高い期待を寄せている。
燃料:ラリー1マシンに使用する燃料もサステナブル燃料に。ドイツのP1レーシングが供給するのは、合成燃料とバイオ燃料の成分をブレンドした、化石資源を使用しない炭化水素ベースの燃料で、FIA世界選手権シリーズで使用されるのは初めてとなる。
ドライバーズラインナップ: Mスポーツ・フォードにはクレイグ・ブリーン/ポール・ネイグル組が加入。ガス・グリーンスミスは、ヨナス・アンダーソンとともに再びフル参戦。オリバー・ソルベルグは、ヒュンダイから初のワークス参戦を果たし、ダニ・ソルドとi20 Nラリー1をシェアする。
関係者:2021年末にアンドレア・アダモが電撃離脱したヒュンダイは、依然として後任を発表しておらず、副チームディレクターのジュリアン・モンセが代役を務めている。Mスポーツ・フォードは、新テクニカルディレクターとして、クリス・ウィリアムズの就任を発表している。イブ・マトンが退任したFIAラリーディレクターも空席のままとなっている。2021年の12月はFIA総裁選も行われ、元ラリードライバーのモハメド・ビン・スライエムが選出された。
クラス構成
ヨーロッパラリー選手権はかつて、事情を知らない人たちから「クラスが多すぎる」と批判されていた。しかし上層部は、あくまでも需要に応え、より多くのドライバーがより多く活躍できる機会を提供していた。そして、年々、選手権に登録する参戦者が増え、多くの競技者に満足してもらえるようになった。
2022年、FIAとWRCプロモーターはERCの「全員にとっての存在」というアプローチに従い、WRC2を7つのカテゴリー(ドライバー3、コ・ドライバー3、チーム1)に再編成した。総合、ジュニア、マスターズにそれぞれドライバーとコ・ドライバーのタイトルがあり、ジュニアとマスターズは年齢と経験値で対象者を区切る。複雑に聞こえるかもしれないが、より多くのドライバーを表彰することができる。
2019年のERCチャンピオン、クリス・イングラムは、WRC2の総合とジュニアのダブルタイトルを狙っている。同じ偉業を狙うライバルは、成長株のマルコ・ブラシア、エリック・カイス、ニコライ・グリアジン、グレゴワール・ミュンスター。特にブラシアは、2021年にERCでも急成長を見せ、活躍が期待される。
昨年までのWRC3は、ラリー2マシンのプライベーターを対象としてきたが、FIAが提言したラリーピラミッドを反映し、WRC3の対象マシンは今季からラリー3マシンとなった。現状、あまり注目されていないカテゴリーだが、ジュニアWRCチャンピオンのサミ・パヤリのほか、2011年にWRCアカデミーに参戦したヤン・チェルニーが参戦を表明している。今の段階で市場に出ているラリー3マシンは、Mスポーツが製作するフォード・フィエスタ・ラリー3のみだが、リリースが増えれば参戦者増も見込まれる。ルノーはラリー3プロジェクトに着手しており、FIAの「手頃な4WDカテゴリー」には、いい時代が到来しようとしている。
ジュニアWRCもワンメイク車両がフィエスタ・ラリー4からフィエスタ・ラリー3に変更となった。現場に来るだけで参戦できる環境を提供するJWRCは、第2戦のラリースウェーデンが今季初戦。その後、クロアチア、ポルトガル、エストニア、ギリシャが予定されている。
2021年のWRC2ドライバーズチャンピオン、アンドレアス・ミケルセンは、今年もトルコ人が所有するドイツ拠点のトクスポーツからタイトル防衛を目指して参戦。コ・ドライバーには、マッズ・オストベルグの元コ・ドライバーで、同じく昨年のWRC2コ・ドライバーズチャンピオン、トルステイン・エリクセンを迎える。オストベルグのほか、グリアジン、エリック・カミリ、2021年のWRC3チャンピオン、ヨアン・ロッセルがライバルとなりそうだ。イングラムもトクスポーツからの参戦となり、活躍が期待される。
一方で、WRC2のタイトル争いでは、上位ドライバーの獲得ポイントは2021年よりも減る可能性がある。パワーステージでのボーナスポイントの配点変更によるもので、昨年までステージタイムの上位5人に与えられていたボーナスポイントはトップ3のみ3-2-1の配点となる。これは、パワーステージでテレビ中継をするために選ばれたドライバーが、ライバルと比較してスタート順が早くなると妥協してしまうことがあるため。WRC2でトップを争うドライバーが同じ条件で戦わない場合、昨年までの採点方式では格差が大きすぎるということで合意に達した。
(Graham Lister)