3月、イブ・マトンの後任としてFIAラリーディレクターに就任したアンドリュー・ウィートリーが、WRC.comのインタビューに答え、ラリーの将来に向けてのプランを語っている。
Q: あなたのことをご存じない方のために、ラリー経歴について教えてほしい。
アンドリュー・ウィートリー(以下、AW):どこまで昔のことを思い出せるか分からないけどね! 自分でラリーに参戦を始めたのは1988年。16歳の誕生日を迎えた次の日に、オールトン・パークステージというラリーで家族ぐるみの友人のコ・ドライバーを務めた。1年後、自動車免許の試験に合格した4日後に、ウエールズ選手権にドライバーとして参戦できるようになった。2年後、英国のクラブマンシリーズから英国ラリー選手権まで参戦した。家で家族と過ごすのと同じように、家族全員でラリーに参加する、そんな時間を満喫していた。その後、父が言うところの「適切な教育」を受ければ、さらにラリーを続けるためのサポートやスポンサーを見つける手助けをしてくれるという約束をした。その約束を守り、大学にいる間も参戦を続けていた。大学を卒業する時に、父は「支援はここまで。これからは自分の力でやるんだ」と言った。
そんな流れがあって、最初は趣味で始めたラリーを仕事にできたことは本当に幸運だったし、その間もチャンスがあれば自分で参戦してきた。Mスポーツに務めていた20年の間に、コリン・マクレー、カルロス・サインツ、マーカス・グロンホルムのようなドライバーと一緒に働くことができたのは、本当にラッキーだった。今でも時間が許せば、自分の100馬力のフォード・プーマで1年に4戦くらいはラリーに出ている。トップレベルだけでなく、草の根レベルでラリー界に起きていることを見ることができる素晴らしい機会になっている。
Q: WRCが新たにハイブリッド時代に突入するタイミングで新しい役職に就くのは、エキサイティングだろう。
AW: もちろん素晴らしいことだ。この3年間、舞台裏では膨大な量の作業をこなしてきたし、新型コロナウイルス対策などについてもかなり大変だったと思う。新型コロナウイルスの関係で職を失った人が大勢いるし、主催者の多くもかなりの苦労を強いられてきた。
自分たちにできることのひとつは、次世代のことに重点を置けることだった。何が試練になるのかを理解するために時間をかけることができた。また、主催者、プロモーター、競技者、ファンの人たちが、舞台裏で行ってきた膨大な作業にも感謝し、ラリーへのコミットメントと熱意の深さを実感することができた。
いま、この時期を乗り越えつつあると願いながら、世界の各地でイベントが開催され始め、多くのエントリーを集めている。厳しかった年月を過去のものとし、これからをどのように前進していくかを理解しようとする、真の情熱を感じることができる。
Q: おっしゃる通り、状況はパンデミック前の状態に戻り始めつつある。この先の数年間、WRCカレンダーはどのように展開していくのだろうか。
AW: 競技者だけでなく、各地域の主催者やプロモーターも、新しい開催地を開拓したり、これまでのイベントを復活させたりすることを望んでいる。
Q: 2022年のWRCは2戦が終了した。ここまでのフィードバックは?
AW: 今は、毎日が学びの日々だ。新たに取り組み始めたことが本当に多い。新しいセーフティセル、新しいサステナブルなハイブリッド燃料システム、新規定のラリー1マシン、技術規定も新しくなった。
最も大きな変化は、間違いなくハイブリッドだ。クルマの複雑化という点では、おそらく過去20年で最大の進化を遂げたと思う。1日1日がチャレンジで、マニュファクチャラーは見ごたえのあるマシンを製作するという点で信じられないほど見事な仕事をやり遂げ、素晴らしいサウンドを響かせるマシンたちはそのパフォーマンスで我々を驚かせてくれている。
マシンを改良する場合、プッシュするのは常に2%、2%、2%。規定が大きく変わる時は、10%プッシュする、その程度だ。2021年から2022年の変化は、マシンの65〜70%が変わった。
燃料の開発においては、サステナブル燃料という劇的な変化が生まれた。通常は、普段から小刻みにプッシュして、一歩一歩理解を深めようとするものだ。しかし、この燃料はまったく新しい化学物質。このため、これから先も課題が出てくるだろう。それでも、こうした変化は全面的に支持を得ており、新しいラリー1マシンの導入で本当によかったことのひとつは、ファンの皆さんが応援してくれていることだと思う。
Q: 新しいラリー1マシンにはどのような印象を持ったか。
AW: 昨年の夏に南フランスに出向き、次世代ハイブリッドマシンのテストを見学した。FIAから5人のスタッフが来ていたと思うが、お互い顔を見合わせながら口をあんぐり開けて「oh my god、信じられないスピードだ」と言い合った。コーナリング時のスピードがすごいことには、2017年のマシンでなんとなく慣れていたのだと思う。何よりすごかったのは、ストレートで踏み込んだ時に目に見えて進むのが分かることだった。
自分もラリーファンのひとりとして、その様子を目の当たりにして、ただただ驚くばかりだった。過去には、驚異的な性能を誇るマシンもあった。ご存じのグループB時代、自分は13歳だったが、父と一緒に夜中に移動して、ウエールズのクロカイノグを観に行ったことを覚えている。あれもアメージングだったが、悲惨なことが起きるリスクを常に抱えていた。今回、セーフティセルに関しては、コンペティターたちが抱えるリスクを文字どおり半減させるために、信じられないほどの量の作業が行われた。
Q: 安全性が重視されるようになったということだ。
AW: 衝突試験の様子を見ると、その素晴らしさが分かる。アクシデントで何が起こるかを理解するために17台のWRCマシンを破壊し、その結果を適切に落とし込むために5台のセーフティセルを破壊したのだ。マニュファクチャラーとFIAが一体となって取り組んでいる、驚くほどのコミットメントの表れだ。
モンテカルロでのアドリアン・フルモーのクラッシュや、モンテ前のテストでのティエリー・ヌービルのクラッシュのようなアクシデントが起きた時には、胸をなで下ろした。セーフティセルがしっかり機能したのだ。こうしたアクシデントが発生した時にどうなるかが理解されたことで、ドライバーに「多少のリスクはあっても大丈夫」と勇気づけることができるのだ。
同じように重要なことは、ファンに向けて、危険な場所に立つとまず自分が危険にさらされるだけでなく、友人や仲間も危険にさらされ、SSが止まってしまうのだ、ということを理解してもらうための作業が行われてきたことだと思う。現在では、プロモーターや主催者をを通じて、そのようなリスクはもう冒すことはできないのだと言えるだけの技術がある。ファンはそれを理解し、その上でマシンを見たいと思っている。ラリーを観戦するという体験自体が、15〜20年前とは根本的に異なっているのだ。
Q: 将来を見据えると、2025年に新しい規制のサイクルがやってくる。
AW: 誰もが自動車産業の将来について見据えているが、今の段階ではそれは明らかにはなっていないと思う。現在、我々が得ているものをどのように統合し将来的にテクノロジーとともに進化させることができるかを理解するために、膨大な量の作業が行われている。自動車産業が変化していくことは間違いなく、急速に変化していく。我々の役目は、関係者と協力して、どのような変化をどのように統合できるかを理解できるようにすることだ。
ポジティブなことは、現行のラリー1マシンが、将来に向けて非常に強力な基盤を整えているということだ。このマシンが100%変わるようなことにはならないし、昔のように完全に進化を変えることもない。ここからはまた、段階的に変化を行うことができるようになる。
原則は、何が発電源になるか、ということ。現在、行われている作業は、今後どのようなステップを踏み、どのように計画すれば次世代が展開されるか、を理解することだ。活発な話し合いが行われている。非常に活発だ。そして、今年の終わりまでには、その方法について、明確な道しるべが得られると期待している。
現状、我々が非常に強力な機会と明確なコミットメントを持っているのはとてもいいことで、それが短期的に我々を導いてくれる。議論しているのは、中期的にどう進化していくか、長期的にどう変わっていくか、ということだ。
Q: FIAラリースター計画は、ここまで大きな成功を収めている。これをベースに、どうすればより多くの新人をラリーに取り込むことができるだろうか。
AW: FIAラリースター計画は、巨大なプロジェクトだ。実際に訪れて、デジタルモータースポーツ界から「ラリー・アット・ホーム(お家でラリー)」を経てスラローム選考会に進む膨大な数の人々を見ると、決勝に進出しようと挑む人たちの情熱や意気込みが伝わってくる。
今後、どのように拡大していけるかを検討している。モータースポーツでは新しい手法ではなく、これまでも違う形で行われてきたことばかりだ。自分が幸運にも経験できたこと、(FIA副会長の)ロバート(レイド)がWRCのコ・ドライバーとして経験できたこと、(FIA会長の)モハメド(ビン・スライエム)自身が元チャンピオンドライバーとして経験できたことと同じメリットを世界中の次世代の競技者が得られるように、何が有効になるのか、何が有効だったのかを特定して、修正しようと思っている。
ラリーに参戦することは、競技のスリルを味わったり自分で設定した目標を達成する機会だけではない。仲間意識、スポーツマンシップ、生涯の友、そうした「経験」なのだ。
我々は、ドライバーを次々と生み出したいわけではない。モータースポーツに関わる人々の間には大きな輪があり、ラリーで働く人々のグループがある。メディアの仕事、エンジニアやテクニシャンとしての技術面の仕事、ラリーのオフィシャルからイベントの主催者まですべてが含まれる。この環境で参戦を始めたからこそ、働く人の幅が大きく広がっている。競技のスリルを味わうだけでなく、こうしたさまざまな喜びを味わう機会こそ、若い人たちの中に生み出さなければならないものなのだ。我々は、次世代のイベント主催者、次世代の技術審査員、次世代のメディア関係者のことを考えていかなくてはならない。世界は本当に早いスピードで変化しており、このような機会をグローバルに提供するのが、ピラミッドの底辺にいる人たち。ラリースター計画は、次世代の参戦者がここに到達できるようにするための戦略で、心から注力したいと思っている。